すべて原文のまま掲載しています。

すがる思いで五年目(ご家族 C・S 様)

 父が今までの父と違ってきて、怒りだし、私達には手に負えなくなって、すがる思いで石川さんちに行った、あの頃を思い出しています。

石川さんちに出会って父は救われたと真に思います。とかく認知症になると嫌われ者になるのが世の常。

 一人ひとりを大切にしてくれるスタッフさん達。認知症になっても、まだ出来る能力・体力の可能性をどんどん、引きだしみつけてくれます。

四季折々の催事、夏のそうめん流しの家族交流会は毎年楽しみです。父の状態を再認識できる唯一の時間で有り難いです。

 数年前、はつかいち美術ギャラリーで石川さんちの展覧会があった時の父の涙ぐんで喜ぶ姿が今でも忘れられません。自分の作品が公の場所に展示されているを誇らしく思ったようです。父曰く「長い間生きてきて、自分が作ったのが、こんな立派な建物の中に飾られたのは初めてじゃ~、凄いのーー!」と感動と満面の笑顔。この感動の気持ちが父の「生きる希望」になったと感じました。

 石川さんちには看護師さんもいらっしゃいます。病的な相談や、体調管理もして頂き、とても安心です。父への接し方も親切に教えてくださいます。元気がでます。

 今では、石川さんちに父の心地よい居場所があるようです。週五日楽しそうに行ってくれます。とても助かります。

 父が最期を迎えるとき、「自分の人生がまあまあ良かった」と思えるように、石川さんちと一緒に、家族一同協力しながら頑張りたいと思います。また、家族全員が働きながら、デイサービスを利用できるのは、石川さんちの援助なくしては無理なこと。ホントに感謝感謝の毎日です。

父から離れられない母でしたが・・・(ご家族 K・F 様)

 平成20年頃、母は若年性アルツハイマー症と診断されました。その頃より、とても不安が強く、一人にすると家族の姿を探して動き回っていました。そして、家族の誰かが常にそばで付き添わないと穏やかに過ごせない状態でした。

 主治医からはデイケアを勧められましたが、母は一人で行けられる状況ではないため、家族の疲労感はピークに達していました。そんな時にデイサービスの施設のなかに「石川さんち」の名前があるのを見つけました。父の知り合いの方で、どうしても父と離れられない母でも一緒に通所しても大丈夫と言ってくださったので平成21年1月頃より父と一緒に石川さんちに通所することになりました。

 週一回のデイサービスでしたが、父は裏方の仕事をし、母はデイサービスでのレクリエーションに参加という形でした。父の姿が見えなくなると、「どこに行ったん?お父さん。」と落ち着かない様子が一年くらいありました。少しずつデイサービスに慣れてきて、父との距離も少しずつ離れるように石川さんちで配慮していただいていました。

 父が石川さんちで外の作業をして、まったく姿が見えなくなっても、父を探さず、レクリエーションに参加できるようになってきました。その頃から、石川さんちの送迎の車に「お父さんは後から行くから。」と説明すると一人で乗れるようになりました。最初は、多少の興奮と不安があったようですが少しずつ慣れて、一人でもデイサービスのサービスを受けられるようになりました。

 平成22年の初夏頃からは一泊二日でショートステイが受けられるようになってきました。この調子だと石川さんちの通所日も増やせるのではないかと思っていた時、八月に父が入院し、母も感情が不安定となり、家の事情も重なり、ショートステイやデイサービスの利用も限界となりました。現在は、入院し過ごしていますが石川さんちでの連絡ノートを読み返すたびに、温かい配慮に感謝するとともに楽しくレクリエーションに取り組んでいた母の姿が思い起こされ、懐かしさでいっぱいです。

「石川さんち」と母の思い出(ご家族 K・S 様)

 母は、アルツハイマー型認知症を20年間患い、3年前に亡くなりました。

 認知症発症時は、主に父が介護していましたが、父がなくなってからの10年間は、私がショートステイやデイサービスを利用しながら介護をしました。

 「石川さんち」との出会いは、母の認知症が進行し徘徊や奇行に悩まされ、乳がんも見つかり途方にくれ、施設入所も考えながら迷っていた頃でした。石川さんに「迷うくらいだったらもう少し在宅で頑張ってみんさい!重度でも預かるよ。」と励まされ、それから3年間、途中乳がんの手術もし、大腿骨骨折して寝たきり状態になるまで、利用させて頂きました。

 その間「石川さんち」で、本当の介護力というものをスタッフの方々から学びました。在宅介護に限界を感じていた私でしたが、認知症を患っていても、人格はあり、対応次第では本当に穏やかに、その人らしく暮らせるもんだということを実感しました。おかげで、落ち込むことの繰り返しの日々の中でも、母との楽しい思い出が沢山できました。特に「石川さんち」恒例のそうめん流しの時の母のはじけるような笑顔は、今でも忘れられません。

 介護が終わって3年経った今、長年の介護生活のなかで、いろいろ辛い思い出も悔いもあります。しかし、精一杯介護したという満足感があり、いつも母に見守られているような気がしています。石川さんの「自分のために精一杯やりきりんさい!」という言葉が、今になって本当に身にしみています。最後になりましたが「石川さんち」開所10周年おめでとうございます。これからも、ますます通所者さん、またご家族の皆さんの憩いの「おうち」でありますように、心より願っております。